名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)949号 判決 1969年10月23日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における予備的請求を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一、当事者の求める判決
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは各自控訴人に対し別紙物件表記載の各機器を引き渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び右機器引渡の部分についての仮執行の宣言を求め、当審において請求を拡張して、予備的請求として「被控訴人森田興産株式会社(以下被控訴人森田興産という)は控訴人に対し金三六〇万円及びこれに対する昭和四二年五月一日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被控訴人森田興産の負担とする。」との判決を求め、被控訴人らの訴訟代理人は、被控訴人ら全部のために控訴棄却の判決を、なお被控訴人森田興産のために「控訴人の予備的請求を棄却する。」との判決を求めた。
二、控訴代理人の陳述
(一) 本位的請求原因
(1) 別紙物件表に記載の冷暖房機器(エアロマスターAF三〇〇〇、バルブ弁AF15A付)一九台(以下本件機器という)は控訴人の所有に属する。
(2) 被控訴人らは控訴人に対抗できる何らの権原に基づかないで別紙物件表に記載のとおり本件機器をそれぞれ占有使用している。
(3) そこで控訴人は、その所有権に基づき被控訴人らに対し本件機器の引渡を求めるため本訴に及ぶ次第である。
(二) 被控訴人らの答弁及び抗弁に対する反論
(1) 被控訴人らは、被控訴人森田興産所有の森田コーポラス(名古屋市昭和区山手通三丁目一三番地の一所在の共同住宅、以下森田コーポという)の各室に設置された本件機器を含むエアロマスターAF三〇〇〇(但しバルブ弁AF一五A付)二〇台(以下本件二〇台の機器という)が太協物産株式会社(以下太協物産という)の所有に属していたようにいうが、このような事実はない。もつとも、控訴人と太協物産との間に、本件二〇台の機器について売買契約が成立したことがあるが、該契約によつて太協物産が本件二〇台の機器の所有権を取得することはなかつたのである。その詳細の経緯は次のとおりである。
(イ) 控訴人は、エアロマスターと称する冷暖房機器の販売を目的とする会社であるが、昭和四一年九月二日冷暖房装置の設計、施行等を目的とする太協物産よりエアロマスターAF二〇台を代金三六〇万円で買い受けたい旨の注文を受けた。
(ロ) 控訴人は、右注文に応じ昭和四二年二月一五日太協物産と「エアロマスターAF二〇台を、森田コーポに送付納入すること、代金支払方法として太協物産振出の約束手形三通(いずれも金額一二〇万円、振出日昭和四二年四月一五日、支払地振出地とも名古屋市、支払場所東海銀行御園支店とし、支払期日は同年八月二〇日、同年九月二〇日、同年一〇月二〇日とする)を太協物産より控訴人へ交付するも代金完済まで所有権を控訴人に留保すること、右手形が一通でも不渡となつたときは、控訴人は何らの催告を要せず売買契約を解除することができること」という内容の売買契約を締結し、該契約に基づき本件二〇台の機器を右指定場所へ納入した。
(ハ) 太協物産は、同年六月二〇日不渡手形を出し、ついで債務整理を発表し、前記約束手形を不渡りとすることが予想されたので、控訴人は同年六月二四日から同年七月二五日までの間数回にわたり太協物産に対し口頭をもつて右売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(ニ) 仮に、右解除が認められないとしても、控訴人は、昭和四二年九月二五日太協物産に対し郵便をもつて該書面到達后三日以内に売買代金を支払うよう催告し、若し右期間を徒過すれば右売買契約は当然解除となる旨の条件付契約解除の意思表示をし、右郵便は同月二七日太協物産に到達したのにかゝわらず、太協物産において右期間内に代金を支払わなかつたので、右売買契約は同月三〇日限り解除となつた。
(ホ) 右のとおり、控訴人と太協物産との売買契約においては、売買目的物件の本件二〇台の機器については代金完済まで控訴人に所有権留保する旨の特約があり、太協物産は代金を完済していないから、太協物産においてその所有権を取得していない。仮に、右所有権留保の特約が認められないとしても、該契約は解除されたから、太協物産は該契約によつては本件二〇台の機器の所有権を取得することはできなかつたのである。
(2) 仮に、太協物産が、該契約によつてその所有権を取得したとしても、昭和四二年六、七月頃控訴人と被控訴人森田興産及び太協物産との間に本件二〇台の機器につき「太協物産が控訴人に対し代金決済しない限り同被控訴人及び太協物産の収支関係にかゝわらず控訴人の所有物件とする」旨の合意が成立したので、本件二〇台の機器は控訴人の所有に属する。
(3) 被控訴人ら主張の即時取得の抗弁を否認する。即ち
(イ) 太協物産の代表取締役恩田忠幸は、昭和四一年四月頃より昭和四二年七月中頃まで被控訴人森田興産の専務取締役に就任しており、同被控訴人の代表取締役森田正とは親友関係にあつた。また、右恩田は、同被控訴人が森田コーポを建築するに際しても取締役として種々助言していた。他方同被控訴人の代表者森田正は太協物産の経理内部関係等も熟知していたのであるから、同被控訴人は控訴人と太協物産との間の前記売買契約の内容、即ち代金未済の間は本件二〇台の機器の所有権が控訴人に留保されていること、換言すれば本件二〇台の機器を森田コーポ内において使用することはできるが、所有権自体を完全に同被控訴人が取得するものでないことを容易に確認できたものである。右のような事情下においては、同被控訴人は、太協物産から本件機器の引渡を受ける際太協物産においてその所有権を有していないことを推知しえられ悪意といいうる。
(ロ) 前記事実とエアロマスターAFは控訴人の新製品であつて、太協物産においては控訴人より買い受ける以外にこれを入手することができないことは明らかであること、エアロマスターAFは高価品であること、森田正は太協物産が資金的に窮状にあつたことを知つていたこと等の事実より見て、被控訴人森田興産が、太協物産の所有に属しない公算が多い本件機器を太協物産より引渡を受ける際、控訴人に対し、所有権留保の有無、太協物産よりの代金支払の有無、従つて太協物産への所有権の帰属の有無等につき問い合せる等の調査をしないで本件機器の所有権が太協物産にあると誤信したのであるから、その誤信については明らかに過失がある。
(ハ) 右のとおり、被控訴人森田興産は、本件機器の占有を初めた際悪意または有過失であつたから、同被控訴人の即時取得の抗弁は理由がない。
(三) 予備的請求原因
(1) 恩田忠幸は、被控訴人森田興産の専務取締役たる被用者として、同被控訴人の経営する森田コーポの空気調和設備工事の施工に関する事務を担当することとなつたところ、右恩田が代表取締役である太協物産を利用して空気調節機器の買付をすることとなつた。
(2) 恩田は、誠実に代金完済する意思なく、又は少くとも代金完済の資力或はその目あてがないのにかゝわらず、これあるもののように装つて控訴人より本件二〇台の機器を買受名義下に詐取しようと企て、控訴人をして、約定どおり代金の支払を得られるものと誤信させ、前記のとおり太協物産との間にエアロマスターAF二〇台を太協物産に売り渡す旨の契約をなさしめたのである。
(3) 太協物産は、本件二〇台の機器の代金の支払をしないで倒産し、控訴人に対し代金相当額である金三六〇万円の損害を蒙らしめた。
(4) 太協物産の右騙取行為は、被控訴人森田興産の被用者たる恩田との共謀による共同不法行為と言わなければならない。そして、恩田の右行為は、使用者たる被控訴人森田興産の経営する森田コーポの備品たる空気調和設備工事を完成するためなしたものであるから、同被控訴人において民法第七一五条の規定に基づき恩田が控訴人に加えた前記損害を賠償する責任がある。なお、恩田は、おそくとも昭和四二年四月末日までに控訴人をして右損害を蒙らしめたものであるから、同日より履行遅滞にあるものというべきである。
(5) そこで、控訴人は被控訴人森田興産に対し右金三六〇万円及び同年五月一日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三、被控訴人らの代理人の陳述
(一) 本位的請求原因に対する答弁及び抗弁
(1) 控訴人が本位的請求原因として主張する事実のうち、その(1)を否認、その(2)(但し被控訴人らの本件機器の占有が何らの権原に基づかないという点を除く)を認め、その(3)を争う。
(2) 本件機器は、被控訴人森田興産の所有に属し、同被控訴人はその所有権に基づき本件機器を占有使用しているものである。また、その余の被控訴人らは、被控訴人森田興産より同被控訴人所有の森田コーポの各室(別紙物件表に記載の室番号の各一室)をそれぞれ賃借し、本件機器のうち右各室に設置されたものを賃借権に基づき占有使用しているものである。
(3) 被控訴人森田興産が本件機器の所有権を取得した原因は次のとおりである。即ち、
(イ) 被控訴人森田興産は、昭和四一年七月頃太協物産をして、森田コーポ新築工事の空気調和設備工事を代金七八四万八、〇〇〇円で請負わせた。右空気調和設備工事には、エアロマスターAF二〇台を設置してなす冷暖房工事(代金三九〇万円)を含んでいた。太協物産は、その所有にかゝる本件二〇台の機器を森田コーポの各室に設置して同工事を施行した外昭和四二年四月頃空気調和設備工事を完成し、本件二〇台の機器を同被控訴人に引き渡し、同被控訴人は太協物産に対し同工事費全額を支払った。右により同被控訴人は本件二〇台の機器の所有権を取得したものである。
(4) 仮に、太協物産が本件二〇台の機器を被控訴人森田興産に引き渡す際、その所有者は控訴人であり、太協物産においてその所有権を有しなかつたものであるとしても、同被控訴人は、本件二〇台の機器を平穏かつ公然に占有を始め、善意無過失であつたから、本件二〇台の機器の所有権を即時取得したものである。
(二) 控訴人の反論に対する反ぱく
(1) 被控訴人森田興産の代表取締役森田正と太協物産の代表取締役恩田忠幸とは、医師と患者の関係で知人関係であつたに過ぎない。森田正は、控訴人と太協物産との間の本件機器の売買の経緯については全く関知せず、また太協物産の経理内部関係を了知していたことはない。
(2) 被控訴人森田興産としては、森田コーポの空気調和設備工事の一切を太協物産に請負わせたものであるから、太協物産が当該工事を完成してくれればよいのであつて、太協物産において本件機器を何処より買い入れてきたか等ということについては意を用いる必要のないことである。このことは、注文者が請負人の仕事につき一々特別の調査をするということのない社会一般の経験から明らかである。
(三) 予備的請求に対する答弁
(1) 控訴人の予備的請求は、訴の変更である上に、控訴審においてこのような請求を新たにすることは著しく時機におくれたものとして許されないから、控訴人の予備的請求については異議を述べる。
(2) 仮に、右予備的請求が許されるとしても、恩田が被控訴人森田興産の被用者として控訴人より本件機器を買い入れたとの控訴人主張の事実を否認する。控訴人の本位的請求原因に対する答弁において述べたとおり、恩田は、同被控訴人より森田コーポの空気調和設備工事の一切を請負つた太協物産の代表者として右工事施行のため控訴人より本件機器を買い入れたものである。従つて、控訴人の予備的請求は失当である。
四、証拠(省略)
理由
一、先ず控訴人の本位的請求について判断する。
(一) 被控訴人らが別紙物件表の記載のとおり本件機器(エアロマスターAF三〇〇〇、バルブ弁AF15A付一九台)をそれぞれ占有使用していることは当事者間に争いがない。
(二) 成立に争いのない乙第三号証、原審証人藤田昌司の証言によつて成立が認められる甲第一号証、第二号証の一ないし三、原審証人恩田忠幸の証言によつて成立が認められる乙第一号証、原審証人藤田昌司、同寺田幸義、同恩田忠幸(一部)の各証言、原審における被控訴人森田興産の代表者森田正本人の尋問の結果を総合すると、
(1) 控訴人は、エアロマスターと称する冷暖房機器の販売を目的とする会社であるが、昭和四一年九月二日控訴人の名古屋営業所を通じ冷暖房装置の設計、施工等の事業を営むことを目的とする太協物産(太協物産株式会社)との間に「控訴人は太協物産に対し、エアロマスターAF二〇台を、代金三六〇万円、納付場所被控訴人森田興産の経営する森田コーポ、太協物産は右代金支払のために右納付後一二〇日以内の日を満期日とする約束手形を控訴人宛に振出交付する、代金完済まで売渡物品の所有権を控訴人に留保する。」という内容の売買契約を締結した。
(2) 控訴人は、右売買契約に基づき昭和四二年三月頃右森田コーポにおいて本件二〇台の機器を太協物産に引き渡し、太協物産より控訴人主張の約束手形三通の振出交付を受けたが、該手形はいずれも不渡りとなり、今日に至るも太協物産より代金の支払を受けていない。
(3) 太協物産は、昭和四一年七月被控訴人森田興産より森田コーポ新築工事の空気調和設備工事を、代金七八四万八、〇〇〇円(エアロマスター二〇台を設置してする工事代三九〇万円を含む)、工事完成昭和四二年二月二八日という約定で請負つたので、前記のように控訴人よりエアロマスターAF二〇台を買い入れる売買契約をしたものである。
(4) 太協物産は、同被控訴人より請負つた工事の施工として控訴人より引渡を受けた本件二〇台の機器を昭和四二年四月一五日頃森田コーポに取付設置し、その頃同被控訴人より請負つた前記工事を全部完成し、同被控訴人に対し右取付設置した本件二〇台の機器を引き渡した。右引き渡した本件二〇台の機器の内の一九台が本件機器である。
(5) 被控訴人森田興産の代表者森田正は、太協物産が控訴人との間の前記売買契約に基づいて本件機器を入手したことを知らなかつたので、太協物産より引渡を受けると同時に本件機器の所有権を取得するものと信じ、太協物産より前記工事の完成引渡を受けた頃までに約定代金全部を太協物産に支払つた。
事実が認められる。控訴人と太協物産との間の前記売買契約について作成されたものであることその記載によつて明らかな甲第一号証(註文書)、乙第三号証(註文請書)には「控訴人においてエアロマスターAF二〇台を前記納入場所に納付した時その所有権を太協物産に移転することを承諾する」旨の記載があるが、右甲第一号証及び乙第三号証は、太協物産が請負つた工事について更に他の者をして下請させる場合の下請契約用のものであることその記載によつて明らかであるところ、原審証人恩田忠幸の証言によると、太協物産は前記のように控訴人よりエアロマスターAF二〇台を買い入れたに過ぎず、控訴人との間に下請契約を結んでいるものでないことが認められるから、右各号証の右記載は前記認定を左右するに足らず、また原審証人恩田忠幸の証言中右記載に添う部分も採用できない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
前記認定の事実によると、被控訴人森田興産が太協物産より本件機器の引渡を受けた際、太協物産において本件機器につき所有権を有していなかつた(控訴人の所有に属していた)のであるが、同被控訴人においては太協物産が本件機器につき所有権を有するものと信じ、太協物産よりその所有権の移転を受け得るものとしてその引渡を受けたものであること明らかである。
(三) そこで、被控訴人森田興産が右のように信じたについて過失が有つたかどうかについて考えてみる。成立に争いのない甲第九号証、原審証人恩田忠幸の証言、原審における被控訴人森田興産の代表者森田正本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被控訴人森田興産の代表者森田正は、医師としてその患者であつたという関係で恩田忠幸と知合の間柄であつたので、被控訴人森田興産(資本金二〇〇万円)を設立する際恩田に株主(出資五万円)になつて買い、昭和四一年頃より昭和四二年七月頃まで取締役になつて貰つたが、被控訴人森田興産が森田正を中心とする同族会社であつたので、恩田の取締役就任は非常勤の全く名義上のものに過ぎず、恩田において取締役として同被控訴人の運営に関与するということはなかつたこと、また森田正は、恩田が代表者となつて運営している太協物産については無関係であつたので、太協物産の内部的経済事情を知るということもなかつたこと、従つて、森田正が同被控訴人の代表者として太協物産をして前記森田コーポの空気調和設備工事を請負わせた際も、同被控訴人と太協物産との関係は、一般註文者と請負人との域を出でなかつたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。しこうして、一般に、請負人が材料を提供してなす仕事を完成して仕事を注文者に引き渡した場合、注文者において特段の事由のない限り請負人がいかなる経緯により右材料を入手したかまで注意すべき取引上の義務はないものとなすのが相当と考えられるので、被控訴人森田興産が太協物産より本件機器の引渡を受ける際、太協物産において如何なる経緯で本件機器を入手したか等について調査しなかつた結果、本件機器が太協物産の所有であると誤信したとしても、その誤信について過失があるとなし得ないこと明らかである
(四) 右の次第で、被控訴人森田興産は、太協物産より本件機器の引渡を受けると同時に民法第一九二条により(同被控訴人が平穏かつ公然に本件機器の占有を始めたものであることは前記認定によつて明らかである)本件機器につき所有権を取得したものとしなければならない。
(五) 控訴人は、昭和四二年六、七月頃控訴人と被控訴人森田興産との間に本件機器を控訴人の所有物件とする旨の合意が成立した旨主張するが、これに添う原審証人藤田昌司、同寺田幸義の各証言は、原審証人恩田忠幸、原審における被控訴人森田興産の代表者森田正本人尋問の結果と対比して採用できない。もつとも、日付の点を除き成立に争いのない甲第三号証には「被控訴人森田興産及び太協物産において、エアロマスターAF三〇〇〇型二〇台については、控訴人に代金未決済(支払い手形が不渡の場合も含む)の間は、控訴人の所有であることを認証する」旨の記載があるが、原審証人恩田忠幸の証言及び原審における被控訴人森田興産の代表者森田正本人尋問の結果によると、右甲第三号証は、控訴人の名古屋営業所の藤田昌司らが昭和四二年七月頃被控訴人森田興産の代表者森田正に対し、「太協物産において本件二〇台の機器代金未払のため右名古屋営業所の所員はボーナスも貰えない苦境にあるが、本社に出すもので社内の形式的なものに過ぎないから押印してほしい」旨述べ既に文言の記載された(日付の記載なし)書面に捺印方懇請したので、森田正において右言を信じ、右名古屋営業所の所員の窮状を救うための形式的なものと考え右書面に押印したものであること、なおその際森田正は、特に右書面に被控訴人森田興産においては太協物産に対し本件二〇台の機器の代金支払済であることを記入させ、暗に右代金支払によつて同被控訴人において本件二〇台の機器の所有権を取得している旨を表示させたことが認められるので、前記甲第三号証によつて控訴人の前記主張事実を認める訳にはいかず、他に右事実を認めるに足る確証がない。
(六) そうとすると、本件機器が控訴人の所有に属することを前提とした控訴人の本位的請求は失当として棄却を免れないものである。
二、次に控訴人の予備的請求について判断する。
(1) 被控訴人らは、右予備的請求は当審において新たになされたもので訴の変更に該るところ、控訴人の本位的請求とは請求の基礎を異にしかつ著しく訴訟手続を遅滞させるという理由で右予備的請求の追加に対して異議を述べているので、この点について審按する。
右予備的請求の請求原因とするところ必ずしも明確でないが、控訴人の本位的請求を併せ考えると、右予備的請求は、「仮に本件機器の所有権が控訴人に属さないと判断された場合(控訴人は、太協物産との間の本件二〇台の機器の売買契約においては控訴人主張の所有権留保の特約があつたから、該契約によつては本件二〇台の機器の所有権を失わないと主張しており、被控訴人らにおいてこれを争つているから、右所有権留保の特約が認められなければ、本件二〇台の機器所有権が控訴人に属さないと判断される)を慮り、もし右売買契約によつて控訴人が本件二〇台の機器の所有権を失つたものと認められた場合は、該契約は太協物産の代表者恩田忠幸が控訴人を欺いて成立させたものであり、恩田は控訴人より売買名下に本件二〇台の機器を騙取し、よつて控訴人に対し本件二〇台の機器の価額三六〇万円に相当する損害を蒙らせたこと、被控訴人森田興産は、恩田の使用者であり、恩田の右不法行為に対しては民法第七一五条により控訴人に対し損害賠償の責任があること」を原因とし、控訴人において同被控訴人に対し損害賠償を求めるものであると解される。そうだとすれば、控訴人の本位的請求及び予備的請求はいずれも前記売買契約を基礎たる事実としているものというべく、従つて両者請求の基礎に変更がないものというべきである。また右両請求が右のような関係にあることから、当審において右予備的請求の追加的変更を認めても、これにより著しく訴訟手続を遅滞させるものとも認められないので、被控訴人らの異議は理由がなく、控訴人の予備的請求の追加は民事訴訟法第三七八条、第二三二条により許されるものである。
(2) ところで、控訴人の本位的請求についての判断で示したとおり、前記売買契約においては控訴人主張のように本件二〇台の機器につき所有権留保の特約があり、右特約により控訴人は該売買契約によつては所有権を失わなかつたものであるから(被控訴人森田興産が即時取得により本件二〇台の機器の所有権を取得した結果控訴人においてその所有権を失つたものである)、他のことを判断するまでもなく控訴人の予備的請求は失当として棄却を免れない。
(3) 仮に、右予備的請求の請求原因を前記のように解すべきでなく、恩田において売買名下に控訴人をして本件二〇台の機器を引き渡させたことが恩田の不法行為であり、右不法行為につき被控訴人森田興産において恩田の使用者として控訴人に対し損害賠償をする責任があるということを請求原因とするものと解したとしても(右のように解せられないこともない、右のように解した場合右予備的請求の追加が許されるかどうかはしばらくおく)、控訴人の本位的請求に対する判断において認定したところによれば、恩田が控訴人との間で前記売買契約をし、該契約に基づき控訴人より本件二〇台の機器の引渡を受けたのは、太協物産の事業の執行としてであり、被控訴人森田興産の取締役として同被控訴人の事業の執行としてでないこと明らかであるから、右予備的請求は失当として棄却を免れないものである。
三、以上の次第ゆえ、控訴人の本位的請求を失当として棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないので棄却すべく、控訴人の予備的請求は失当であるからこれを棄却すべく、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(別紙)
物件表
被控訴人森田興産株式会社所有森田コーポラス内所在
室番号 被控訴人(占有者)氏名
二階二号 森田泰江
二階三号 小西楯夫
四階一二号 飯島高弘
四階一三号 株式会社シナ忠
四階一五号 森千枝子
五階一七号 湯浅英世
五階一八号 真水弘子
五階二〇号 藤沢富美子
六階二五号 中部富士電機家電株式会社
右各室に備付けある冷暖房機器(エアロマスターAF三〇〇〇、但しバルブ弁AF15A付)各一台
被控訴人森田興産株式会社は右全部及び二階一号室、三階六、七、八、一〇号室、四階一一号室、五階一六号室、六階二一ないし二三号室所在占有の各一台